福岡の探偵、あいりん地区に潜入2

修羅の国・福岡と日本唯一のスラム街・あいりん

インターネットスラングで、福岡県は【修羅の国】と揶揄されているそうです。

いわく、「異常に高い犯罪率」「異常に多い発砲事件」「飲み屋では毎晩ケンカが発生」「サウナに行くと模様だらけ」「五つの暴力団が抗争に明け暮れている」「道端に手りゅう弾が落ちている」「いやよく見ろ。ロケットランチャーだ」などなど。

福岡で探偵業をやっていると言うと、他県の同業者からは、「それは……たいへんですね」と、同情されると同時に一目置かれます。

しかし、実際のところ、これはネットでの悪ノリが過ぎた評価と言えるでしょう。福岡に住んでいる人間からすれば、大げさにもほどがあります。

私にしても、探偵業を続けていたら避けては通れない、数々の修羅場には遭遇してきましたが、なんとかこうして続けられています。

(ちなみに、長崎のベテラン探偵は撃たれたことがあると言ってました。あと鹿児島の同業者は、抜き身の日本刀振りまわす男に追いかけられて、山中を逃げまわったそうです)

 

大げさなネットスラング

確かに、北九州や筑豊など、福岡市民から見て多少イメージのよくないエリアはありますが、それも誤解です。

北九州は、出身者にとっては、骨を埋めたくなるほど住みやすい街らしいですし、筑豊にしても、今まで調査で何度も訪れましたが、他県の人が思うほど危険な場所でもありません。

ただ、中学校の校門から中学生がタバコ吸いながら出てきたり、交番の前を原付の三人乗りが通過してもスルーされる程度です。

しかし、イメージというのは無視できないもので、思い返せば、私が探偵として初めて受けた依頼は、筑豊の案件でした。

福岡の大手調査会社(今はもうありません)が、筑豊の調査にビビり、他に押し付けようと、看板を出したばかりの私にまわしてきたのです。

なんだか聞いたような話ですね。

 

日本唯一のスラム街

さて、私がこれから向かうべき大阪西成あいりん地区は、同じようなインターネットスラングで、こう呼ばれているそうです。

【日本唯一のスラム街】

はは。何を大げさな。修羅の国・福岡だって、別に日常的に銃撃が起きているわけでもなければ、そのへんに手りゅう弾が落ちているわけでもありません。初めての依頼で私が調査した相手も、「たぶんヤクザ。いやぜったいヤクザ」という話でしたが、実際は唐揚げ屋さんでした。

都市伝説が独り歩きしたもの……それはわかっていたものの、私はいちおう、大阪に居る知人の探偵に連絡することにしました。

「あいりんですか……あそこ、ヤバイですよ」

豊中市に住むその探偵は固い声でそう告げました。

その探偵の住む豊中市にしても、常日頃から「トヨナカはヤバイ場所ですわ」とのたまわっていた彼がここまで言うとは。

「あんま関わらんほうがええんと違います?」

関西弁のイントネーションでそう言われましたが、あとの祭り。

 

船に乗って大阪へ

私は、博多駅から小倉駅までJRに乗り、小倉駅からバスで新門司港へ。そこで船に乗り込み大阪を目指しました。

「フネ? 船で大阪行くんですか?」と、経費の説明のため連絡した元請けの社長はすっとんきょうな声を出しました。

福岡-大阪間の出張で、船を使った探偵は初めてだと。

通常は新幹線。それでも、飛行機使いたいと調査員はグチり、どんなに立場の弱い下請けや未熟な新人探偵でも、せめて高速バスを使います。

しかし、私は大阪へ行く夜行船が好きなのです。

ネットはさすがにありましたが、まだスマホのない時代。私は船のラウンジで、缶ビール片手にのんびり夜の航海を楽しみながら、大阪の地図や、あいりん地区の資料をノーパソで眺めました。

「あいりん地区では、2008年までに24回の暴動が起きており、西成警察署は四方を高い壁で囲まれ、窓は強化ガラスである」

ほっほー。

 

調査の流れ

今のようにGoogle Mapもありませんから、まずは地図を頼りに、当該の住所を見つけださないといけません。知らない町ではなかなかのホネです。

見つけて終わりではなく、そこで何日も張り込まなければなりませんから、ヘタにウロウロして目立つわけにはいきません。住人に場所を尋ねるなんて論外です。

場所を特定した後は本人の確認。

顔を撮影して、元請け経由で依頼人に見てもらい、対象者本人かを判断してもらうのですが、これがまた厄介です。

今回の依頼では、対象者本人の写真がなかったからです。その自称外科医が、写真を激しく嫌がったそうです。

「学会に厳しく止められている」と。どんな学会だ。

写真があればある程度目星をつけて狙えるんですが、ない以上、指定の住宅に出入りするそれっぽい人間はすべて撮影しなければなりません。

 

写真がない対象の特定はとても困難

これが戸建てであれば、そんなに難しくありません。『四十代くらいの男性』が何人も居るような戸建ての家はそうそうありません。

しかし、集合住宅だと、話はまったく変わってきます。そんな男が何人住んでいるか。

エントランスから出てくるそれらしい男を片っ端から全員撮影するか、部屋のドアをじっと見て、そこから出てくる人間を撮影するか。その二択になります。

後者のほうが圧倒的に手間がかかりませんから、なんとかドアを張り込みたいものですが、マンションだろうと団地だろうと、ドアが必ず目視できる立地とは限りません。

便利なWi-Fi式隠しカメラが登場するのは、もっとずっと後のことでした。

「こりゃ、かなり面倒な依頼だな」と私は苦笑しました。場合によっては、マンションの出入口に何日も張り込むハメになるな、と。

たまに暴動が起きる、要塞みたいな警察署がある、日本屈指のヤバイ街で、見慣れない顔が何日も同じ場所に居続ける調査。

そりゃ、ヨソの探偵にやらせるワケだ。

 

に続きます

 

もり探偵事務所は、尾行・証拠撮影を得意とする福岡の私立探偵です。依頼されれば大阪にだって行きます。