ストーカーの論理

アイドル活動をする女性がSNSに投稿した写真の、眼球に映った風景から住所を割り出したストーカーが逮捕されるという、トンデモ事件が起こりました。

“瞳映った景色”で女性宅特定か|(NHK 首都圏のニュース)

このストーカー男は、そのアイドルの大ファンだったらしく、SNSに投稿された顔写真の瞳を拡大し、そこに映った【駅】の特徴を分析。グーグルマップのストリートビューに照らし合わせ、調べ上げた駅に張り込んで、その女性を発見するに至ったそうです。

さらにはそこから尾行を敢行して、ついには自宅まで割り出したというのだから、プロ顔負けの調査力です。(マトモな探偵であれば、私利私欲で女性の自宅など割り出しませんが)

もちろん、その女性の追っかけとして、日ごろからツイッターやフェイスブック、インスタグラムなど各SNSをフォローし、その女性が発信する個人情報の断片を丹念に収集・蓄積したからこそ、そこまでたどり着くことが出来たのでしょうが、その分析力と執念には恐れ入ります。

金や好奇心ではなく、愛と欲望が原動力だったのが、成功の理由かもしれません。

とはいえこの犯人、個人情報を暴いたこと自体が理由ではなく、そのアイドルを「直接襲う」という蛮行に出たことで逮捕されました。

これは私の勘ですが、自力で女性の住所を暴いたことで、興奮状態になったというか、変にハイになったというか、狩猟本能めいたものが暴走したのかもしれません。

 

監視という支配

モラルに欠けたタチの悪い探偵の中には、個人情報を調べ、長時間監視しているうちに、その相手を知り尽くした優越感から、歪んだ支配意識や、所有欲に似た感情を持ってしまう者も居ます。この犯人も、それに近かったのかな、と個人的には想像しました。

ニュースを見たひとの中には、「こいつすげえ。探偵になれるんじゃね?」と思われた方も居るかもしれませんが、このように精神的に不安定で自制心に欠けた人物は、プロの調査員には絶望的に不向きです。

一方的に好きになった女性相手にだけ発揮されるイビツな調査力ですから、なれてもプロのストーカーが関の山でしょう。

 

ストーカーからの依頼

この犯人は自力でアイドルの住所を見つけ出しましたが、(そしてその成功体験のせいで暴走してしまったわけですが)世の中のストーカーすべてが、こんな超絶変態スキルを持ち合わせているわけではありません。

しかし、望みは「好きなアイドルのことがもっともーっと知りたーい」ですから、そんなストーカーの中には、探偵を悪用しようと考える人間も居ます。

我々探偵は、個人情報を調べるのが仕事ですが、当然のことながら、正当性のある内容の依頼しか引き受けません。特に、ストーカーやDVがからむ所在地調査は、一歩間違えると大問題ですから、慎重に引き受ける必要があります。

相談してきた相手が、ストーカーやDV男かどうかは、たいてい顔を見たらピンときますから、もり探偵事務所が福岡で営業をしてきたこれまでの期間に、ストーカーからの依頼を受けたことはない、と断言します。

しかし、かつて一度だけ、どこからどう見ても疑いようのない、標本にしたいくらい典型的な、清々しいまでのモノホンストーカーが事務所に面談に来たことがあります。今でも忘れられない件です。

 

ストーカーとの面談

始まりは、大人しそうな声の男性からの「急に連絡がつかなくなった恋人について相談したい」という電話でした。それを聞いたとき、「お金でもだましとられて逃げられたのかな」と思いました。

さて面談の日、その男性は事務所に来るなり、「じつは、自分は、カイトウアイコの恋人でして」と切り出しました。

言うまでもなくアナウンサーの「皆藤愛子」さんのことですが、私はそもそも芸能界やタレントにまったく興味がなく、当時はその名前さえ知りませんでした。その代わりに、同席していた助手が「おおっと」と奇妙な声を出しました。

キョトンとする私に、その相談者は少し不満そうに、「あの。皆藤愛子ですよ?」と言いました。私は内心「誰?」と思いながら、「はあ」とあいまいに答えました。

彼によると、そのカイトウアイコさんとは互いに思いあう恋人同士だったのですが、何しろ相手は人気アナウンサー、交際が世に知られると騒がれて彼女の仕事に差し支えるため、その事実を知る人は誰も居ないらしいのです。

そうこうしているうちに、彼女から「こんなカタチで、世を忍ぶ付き合いをしていてはあなたが気の毒だわ。だから身を引きます」と告げられたという話でした。

 

「自称カレシ」の物語

彼はそれが納得いかず、もう一度きちんと話し合いたい、だから彼女の居場所を突き止めてほしい……そういう内容の相談でした。なかなか胸を打つ脚本です。

職業柄、つい熱心に「ほうほう。ほう。それは悲しいお話ですな」と真剣に聞く私の脇腹を、助手が、相談者に見えない角度からドスッと強くつつきました。見ると、目で「す・とー・かー」と訴えています。

もちろん、自称恋人なのに、彼女と一緒の写真はおろか、自宅など皆藤さんに関するプライベートな情報を何ひとつ知らない男性の話を真に受けるなんてことはありません。

しかし、それに対する私のやんわりとしたツッコミも、すべて「彼女は有名人だから会うのはいつも外でコッソリとだった」「タレントだから個人情報はぼくにも教えてくれなかった」「一緒の写真はスキャンダルの火種になるから撮れなかった」など、もっともらしい理由で反論するというかなりの難物でした。

ストーカーにはストーカーの論理があり、それによって外部から何を言われても耳に届かないほどの理論武装をしているわけです。

 

引き受けられない依頼

さてどうするか、と頭をめぐらせている私の前に、助手がずいっと出てきてこう言いました。

「ていうか、それ、付き合っていると言えませんよね?」

ポカーンとする私と相談者に対して、助手は、ズバズバと言葉を重ねます。

「そういうの恋人じゃありませんから」「教えられてもない住所は調べられません」「ウチはそういった方からの依頼はお断りしています」

同じ女性として、その男性に対して許せないものがあったのでしょう。普段の面談中であれば、私が話を振ったとき以外はまず口を開かない助手とは思えない、断固とした態度でした。

結局その男性は顔を真っ赤にして恨み節をブツブツ口にしながらプリプリ怒って大股で事務所から出ていきました。私が目をパチパチしていると、「あーいうストーカー予備軍には毅然とした態度で接しないとだめです」と助手はキッパリ言いました。

私はコクコク頷きながらも、カイトウアイコさんのようなタレントや芸能人はそうもいかないだろうな、としみじみ思いました。

 

まとめ

この面談はもうかなり前のことですが、それから時代はだいぶ変わり、どんどん男は弱く、女は強くなっていってます。しかし、ストーカーというものはなくなりません。それどころか、形を変えて進化していっている様相すらあります。

相手が勘違いしないよう、毅然とした態度で接するべき、というのはストーカー対策として有効ですが、それが出来ない立場のひと……たとえば飲食店の店員や、目上の取引先の関係者、そしてファンを大事にしなければならないアイドル・タレントなどは、職業柄強気な態度は取れず、愛想よくしなくてはならないため、恰好のターゲットになってしまいがちです。

何より、SNSにより、誰もが日常生活を公開するようになり、それをフォロワーが閲覧して共有するというある意味不自然な形態が、歪んだ恋愛観を生み出し、ストーカーの苗床になっているようにも思えます。

SNSは、影響力のある人物のプライベートをストーリーとして公開し、フォロワーはその物語を共感という形で共有します。しかし、その物語は、ストーカーにかかると、独自の論理で「自分と相手との恋愛物語」に都合よくねじ曲げられてしまうおそれがあるのです。

そして、ストーキングの手法もまた、今回のこの事件のように、SNSを駆使したものへと進化していってます。

一番の自衛方法は、SNSをやらないこと……と、SNSが苦手な私などは思うのですが。

 

もり探偵事務所は、尾行・証拠撮影に特化した福岡県の【行動調査専門】の私立探偵です。