夕暮れの喫茶店

探偵業界はヘビースモーカーばかり

探偵業界の人間にしては珍しく、私はタバコが大の苦手です。

憎んでいると言ってもいい。

歩きタバコしている人間は、片っ端から、ガス室送りにしてやりたいほどです。

昨今は、禁煙・嫌煙意識が高まり、ようやく飲食店なども原則禁煙になりつつあります。

お金払って美味いもの食べにいくのに、劇薬のニコチンで舌を鈍麻させてどうする、と私なんか、つねづね思っていました。

が、もっと腹立たしいのは、食事が出されるのを待つ時間、先に終えた客が、食後の一服をスパーとかますやつ。

こっちはこれから食事だというのに、アレのせいで鼻がやられて、非常に不快な思いをさせられます。

 

探偵とカフェ

のっけから毒を吐きましたが、今回は、タバコではなくコーヒー。ニコチンではなくカフェインの話題です。

なにかと待機が多く、心身ともに負担が多いこの仕事。

探偵がヘビースモーカーになるのも必然ですが、ニコチンがダメな私は、その代わりとして、やたらとコーヒーを飲みます。

張り込み中、運転中は言うに及ばず。

事務所に居るときも、プライベートでも、とにかくコーヒーコーヒーの毎日です。

事務所や家ではドリップコーヒーを淹れるんですが、その消費量たるや、日に六杯は当たり前。

月換算でどのくらいのコーヒー豆を買っているか、年間いくらくらいコーヒーに使っているのか、計算するのがコワイくらいです。

 

そんな私に、とてもショックなことが起こりました。

もり探偵事務所の近くにある行きつけのコーヒーショップが、コロナの影響で閉店してしまったのです。

コロナ騒動もすっかり過去のものになりつつありますが、個人的に、コロナのせいでもっともダメージを受けたのがコレです。

 

カフェ・エスカーサの思い出

事務所から歩いて10分。

その、【カフェ・エスカーサ】には、3・4日に一回のペースで通っていました。

比較的安価にも関わらず、生のコーヒー豆を購入直後に焙煎してくれる店で、

グラム400円くらいの、それほど高級じゃない豆でも、焙煎直後に淹れると信じられないくらい美味しく、他のコーヒーショップで高い豆を買うより、ずっとよかったのです。

 

私が買うのは決まって一回200グラム。最小の購入量。

カップ20杯にも満たない量で、私のペースだとすぐに飲み尽くしてしまいます。

無くなればまた購入しに行き、それだけ焙煎したてを飲む機会が増えるということで、私は足繁くこの店に通っていました。

私が店を訪れるのは午前中。

それも、コーヒー豆販売の受付開始時間である11時ごろです。

このコーヒー豆の店【エスカーサ】は、小さなショッピングモールの一角、フードコート風の作りでした。

午前11時のショッピングモールは、人も少なく、朝の新鮮な気配が満ち、静かで、穏やかな雰囲気で、私はとても好きでした。

 

焙煎の香りとともに 霧散していく探偵のストレス

コーヒー豆を注文し、その場で焙煎してもらうのには、15分ほどかかります。

それを待つあいだ、私は開放的な店内の片隅に座り、あるときは本を読み、あるときは依頼の整理をし、あるときはノーパソを広げ資料をまとめる……。

そんな、思い思いの時間を過ごして、探偵業のストレスを発散させていたものです。

女性ばかりの店員さんたちが、平日の午前からひんぱんに豆を買いに訪れ、片隅でボーッとしている普通じゃない男を、どう見ていたのか……想像したくはありませんが。

(常連でしたが、自分が探偵であることは黙っていました)

 

失われた探偵の 数少ない優雅な時間

世のデキるビジネスマンや、意識の高い学生なんかは、スタバのようなオサレカフェで、そんな時間を過ごすのでしょう。

優雅な主婦やゆとりのある高齢者は、星乃珈琲やコメダでのんびりした時間を味わうのでしょう。

しかし、福岡市の東区に事務所を構える探偵にとって、数少ない癒やしの時間が、このカフェ・エスカーサでコーヒー豆の焙煎を待つ、ほんの短い時間だったのです。

白いブラウスに黒いエプロン姿の感じのいい店員さんたちが、笑顔で接客したり、コーヒー豆を計ったり、パスタやカレーを作ったりして忙しく働く姿は、見ていてとても気持ちのいいものでした。

(私がふだん見ているモノなんて、不倫カップル、嘘つき、サボり、犯罪者といった、見ていてぜんぜん気持ちのよくない人種ばかりです)

 

そんなわけで、朝事務所を開けて、ルーティーンをこなしたあと、晴れた午前の光の中を歩き、カフェ・エスカーサを訪れ、コーヒー豆を注文し、席に腰掛けのんびりする……

私にとって大切な習慣でした。

それが失われたのは、とてもツラいことです。

 

喫茶店