夢の実現
私は二十代の前半に探偵になりました。
なろうと願って探偵になったクチですから、夢を実現させることのできた幸運な人間と言えます。
最近は探偵志望者からの問い合わせも多く、「探偵になりたい。プロとして依頼人からの報酬で生計を立てたい」と願った若き日のことを、懐かしく思い出します。
探偵になる前は、いろいろな仕事を体験しました。
性格的にも、ルーティーンワークを長年続けるよりも、変わった、刺激的な、慣れることがあまりない仕事を転々とするほうが向いていたようです。
(そしてそれはそのまま探偵向きの性向だったと自己分析しています)
ファミレスのウェイターからトレーニングジムのインストラクターまで色々やりましたが、特に印象深いのは「ヌイグルミの中のひと」。
夢を壊すといけないので、どんなキャラクターの中身になったのか詳細は記しませんが、親しい相手に「ハ◯◯◯◯ク」の中身だったことがある、と話すとたいてい驚かれます。
『中のひと』の真実と苦悩
さて、その『ヌイグルミの中のひと』。専門のマネジメント会社に登録し、適合する仕事を割り振られるというシステムでした。
体型や習熟度などで、演じるキャラクターが変わるわけです。
想像はたやすいと思いますが、あの仕事はたいへんハードです。
笑っているのは外見のキャラクターの造形だけ。
中の人間は常に疲労困憊で、暑く、視界も悪く、体力的にも精神的にも非常に消耗します。事故も多く、特別な運動能力や感覚が求められることもしばしばです。
(体に布団を巻きつけられた状態で、水中メガネをしたままバク転すると考えてみてください)
そんなわけで、マネジメント会社もアルバイトにはあまりシビアな仕事はさせません。
そこで判断材料となるのは、仕事に対する真剣さと意気込み。もっと端的に言うと、「将来的にプロになりたいか否か」という気持ちの有無です。
私はプロを目指していたわけではないので、健康的な青年ができるソフトな仕事ばかりでした。
しかし、中には、プロを目指して本格的に取り組んでいた目的意識のきちんとしたひとも居ました。『プロのキグルミ演者志望』のひとびとです。
プロとアマチュアの境界線
そういうひとたちは、まったくレベルが違っていました。
どうして、これだけ体が束縛された状態で、こんな乏しい視界で、こんな華麗な動きができるんだろうと、驚愕させられたものです。
何より驚かされたのが、演技に対するストイックさ。その、飽くなき向上意欲。
ヌイグルミの仕事は、主に、ゴーデンウィークや夏休みなどに行われる商業施設や遊戯施設でのイベントが大半です。
基本的には休みの期間だけですし、キャラクター商品である以上流行がありますから、ひとつのキャラをずっと長く演じることは少なく、短いシーズンだけの期間限定であることがほとんど。
せっかくひとつのキャラに慣れても、すぐにまた別のキャラを演じることになりますから、そのたびに新たに練習したり、別の動きを覚えなくてはなりません。
あくまでアルバイトという収入のための手段と割り切ると、効率的とはとても言えない仕事なのです。
(この手の仕事の常として、トレーニング時間は無給だったりします)
練習もヘロヘロ。本番もクタクタ。終わったらとにかく帰って休みたい……そんなハードな日々。
それでも、プロになろうと願うひとたちは、居残りで延々とトレーニングをしていたものです。
そんな彼ら・彼女らにとっての、夢の最高峰……それが、かの夢の国ディズニーランドでした。
夢の国へのパスポート
ディズニーランドは、九州の、福岡の人間にとっては、決して身近ではありません。それは、遠く、非現実的な夢の国です。
しかし好きなひとはトコトン好きなようで、どんなに費用がかかっても定期的に通うと聞きます。
私も遠い遠い昔に一度だけ行ったことがありますが、確かにそれも納得の、完成された幻想の国だったように記憶しています。
コロナでずいぶんとその性質も変わってきたというウワサも聞きますが、ディズニーランドという場所はことさらお客さんを大事にするそうです。
ウソかホントか知りませんが、聞いた話だと、閉園の五分前に入場しても、笑顔で暖かく迎え入れてくれるとか。
せちがらい現実世界における、数少ない『夢の国』として、ゲストを常に優しく迎え入れる存在たろうとするのでしょう。
しかし、ゲストではなく、そこで働くキャストとして行こうと願ったとき、ディズニーランドはイバラの城もかくやというほど厳しい場所に変貌するのだそうです。
そのキグルミの会社で出会った「ミッキー志望」の男性が、苦笑交じりにそう話していました。
ディズニーランドへのパスポートは、選ばれたごくごくわずかな人間だけが手に入れられる、プラチナチケットなのだと。
いつものことながら、長くなったので次回に続きます。
尾行・証拠撮影を得意とするもり探偵事務所は、福岡の私立探偵です