プロとして選ばれた人間とは
探偵になるための修行期間中、私のような『探偵志望者』がまわりに何人か居ました。
私たちは、いつかプロの探偵になることを夢見て、調査の訓練を重ねました。
後年、そんな同窓生のような彼らに話を聞いたところ、「森さんは当時からまわりと違って見えた」そうです。
しかし、私自身は、真剣で必死だっただけで、周囲との差なんてまったく意識していませんでした。
まわりと自分を比較しても仕方ないこと。
とにかくプロの探偵ななるには……とそれだけが頭にあり、夢中で訓練を積んだものです。
そして、そのときの志望者で、プロの探偵になれたのは私だけでした。
夢と挫折と
私にとってヌイグルミの仕事は、探偵ほど真剣ではありませんでした。
だから、そんな私から見て、「いつかディズニーで踊ること」を夢見るその男性は、はるか雲の上の存在でした。
私は、あまり他人から打ちのめされたり、劣等感や敗北感を感じたりはしないタイプなんですが、その人の踊りとパフォーマンスには、完全に圧倒されたものです。
「このひとは別格だ、絶対にプロになれる」……心からそう感じました。
(そして、同じような気持ちを私に持ってくれたひとが、探偵修行時代まわりに居たのでしょう)
しかし、それだけの実力と努力をかねそろえたその人でも、ディズニーのオーディションは、落選の連続。
まさに絶望の壁だったそうです。
リストラされる才能へのシンパシー
その後、その人物が無事にその壁を突破し、夢を叶えられたかはわかりません。
もしそうなったとしても、【中の人】が表に出ることはないからです。
そうまでして叶えた夢でも、新型コロナの悪影響がひどかったときは、簡単にリストラされたと聞きます。
人生の大半を修練に費やし、数多くの難関を超えて、ようやく美しい夢を実現したダンサーや出演者たちを、そう簡単にお払い箱にしていいものかと思ってしまいます。
それは、探偵という偏った狭い世界で、特殊な技能を身に着けた調査員たちが、簡単にリストラされてクビを切られる悲劇を見てきたシンパシーゆえでもあります。
リーマンショックの直後の探偵不況のときなど、業界の宝ともいうべきベテラン調査員たちが真っ先にリストラされました。
営業や経営者の延命のためです。
クビを切られた調査員はいま……
私は、幸運にも今も探偵を続けられていて、若き日に必死で身につけた探偵術や、これまで蓄積した調査の経験を、無に帰すハメにはなっていません。
でも、ときどき思います。
リストラされ、探偵業界を去っていった調査員たちは、今ごろ何をしているのだろうと。
尾行・張り込み・撮影・聞き込み……
そういったイビツなスキルが、別の業界ですんなり流用できるとは思えません。
探偵をドロップアウトしてしまった彼らは、そんな調査技術を自分の中にそっとしまい込み、まったく別の仕事をしているのでしょうか。
それを考えると、なんとも言えない悲しい気持ちになります。
なぜなら、私にとって、探偵以外の生き方なんて、想像もできないからです。
もし、探偵を続けられなくなってしまったら……
自分はどうなってしまうのか。抜け殻のように、燃え尽きた灰のようになってしまうのではないか。
それを考えると、探偵をやれていることは、それだけで幸せなのかも……と思えます。