初めての依頼は失敗の成功だった1
探偵もり 初めての面談の場所は なぜか大牟田
初恋の相手が忘れられないように、「初めて」や「最後」というのは、何かと印象深いものです。
私にとっての「最後の依頼」はまだ来ていないため、今のところ特に印象深いのは、初めて受けた依頼……
つまり、「もり探偵事務所 最初の事件」です。
地元・福岡で長年探偵をしている私ですが、初めての依頼はなぜか大牟田市の案件でした。
私が、独立した探偵として初めて依頼人と会い、面談をした場所。
私にとっての聖地であり、原点。
それが、大牟田市の郊外にある喫茶店です。
昭和の匂いを残すレトロな名店ですが、今も健在で、先日たまたま通りがかり、胸にこみ上げるものがありました。
紹介で来た依頼
初依頼。そのときのことは、今でも忘れません。
すでに探偵として、福岡各地の現場は一定数こなしていたものの、他の事務所の助っ人仕事ばかりで、まだ自分の名前で仕事を受けたことはありませんでした。
そんな青二才だった私の、初めての依頼は、知人からの紹介。
内容については特に珍しいものではありません。
当時から自信があり、今でも私の得意分野である行動調査です。
しかしこの案件には、「初めての依頼」という以外に、特筆すべき点が2つありました。
ひとつは、初めての面談中、いきなり調査開始となってしまったこと。
そしてもうひとつは……調査対象者の車両が『ダンプカー』だったことです。
知人のにわか探偵の後始末
二十年以上経っているとはいえ、じっさいに引き受けた依頼ですから、あまり詳細は記せません。
が、ざっとこんな内容でした。
私の知人の知人に、運転に自信があり、スパイ映画の好きな人物が居ました。
そして、にわか探偵として、自分の知り合いから調査を相談されたそうです。
「元カレにどうしてもと頼まれて大金を貸した。でも、住所も分からず不安。どこに住んでいるかだけでも、確認しておきたい」
という話。
にわか探偵氏は、何度かその対象を自分で追おうとしたみたいですが、うまくいかなかったそうです。
そこで、本職である私に後を任せようと思い、その依頼人に紹介した……という話です。
「自分でやって何度か失敗した」というのが多少気になったものの、初めて舞い込んだ依頼に、私は指定された喫茶店へと、勇んで向かいました。
南関インターに近い郊外にポツンと建つ、素敵な戸建ての喫茶店でした。
初依頼がそんな場所だったことに、とても気持ちが盛り上がったのを覚えています。
面談中に対象者からの電話
緊張を隠しながら、行儀のいい微笑みを浮かべ、その依頼人にピカピカの名刺を差し出しました。
「はじめまして。探偵のもりです」
依頼人に初めて探偵だと名乗った、忘れられない瞬間です。
相手は私より年上の女性でした。
「探偵と会うこと」に、見るからに緊張していたので、私のほうはかえって不思議なほど落ち着いていられました。
(相手のほうが緊張していると、自分は緊張しなくなるものです)
事前にシミュレーションしていた通りに面談は進み、正式に依頼を受けることになりました。
さて契約書を……というところで、とつぜん、依頼人の携帯が鳴りました。
依頼人が苦笑を浮かべます。
電話の相手は、たった今私が調べるよう依頼を受けた本人。つまり、『調査対象者』でした。
固い顔で電話していた依頼人の表情が、いきなり引きつりました。
なんと、性懲りもなく「また金を借りたい」と言い出したらしいのです。
初依頼は初調査へ
依頼人は、さすがに頭にきて電話を切りそうになりました。が、私はそのまま会うよう指示しました。
どこに住んでいるかわからない相手の調査です。
『調査の起点』をどうするかが一番のネックだっただけに、それは降って湧いたチャンスでした。
「どこかで会いたいと言ってますが……」
不安そうに言う依頼人に、私も言いました。
「ここで。今から。会ってください」
こうして、私の「初面談」は、「初依頼」になり、「初調査」へと慌ただしく展開したのでした。
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