依頼人の味方

私の探偵業の方針は、

「探偵は正義の味方ではない。依頼人の味方だ」

というものです。この事については、いつか別に詳しく書きたいと思っています。

 

とある依頼

「その依頼」は、以前の依頼人からの紹介で来た案件でした。

ざっくり言うと、派閥争いでした。依頼人と敵対している人物が居て、その人物にとって弱みとなるような材料を集めて欲しいという内容です。

ブログ上で依頼人の話題を取り上げる事には慎重にならねば、と常々考えています。なので、詳細は出来るだけボカします。

依頼人は権力者らしく、そういう人物に特有の雰囲気をごく自然にまとっていましたが、以前の依頼人が良く言って紹介してくれたのか、私への態度は好意的でした。

通常、調査は私がプランニングします。

しかし、このクライアントは、1から10まで調査のプランを決めてきており、その通りに実施して欲しいと指示してきました。

具体的に言うと、とあるエリアへ出向き、指定された人物に聞き込みを敢行。敵対する人物への悪口や、弱みになるような話を総て録音してくる…というものでした。

私が聞いて記憶した話を後に報告書としてまとめ、それを提出するというやり方には強く反対されました。私が、都合よく内容を改変するのでは、と疑われていたようです。

ありのままを聞きたい、その録音が欲しい。

それがクライアントの希望だったのです。

正直、気乗りはしませんでした。隠し録りのような証言が材料として使えるかも疑問でした。

引き受けるのをためらう私に対して、その依頼人は「いいからやってくれ」の一点張り。とにかく押しの強い人物でした。

それでも、

「自分に有利な(そして敵サイドに不利な)証言をねつ造して用意しろ」

……そう言われるよりはマシかと考え直しました。もしそれを頼まれたら絶対に断っていた事でしょう。

紹介者の顔を立てるという意味もあり、渋々引き受ける事になりました。

 

聞き込み調査開始

実施の日。指定されたエリアへと赴いた私は、民家を片っ端から聞き込みし、情報収集を開始しました。

依頼人が指定したエリアだけあって、クライアントとその敵対する人物の話はほぼ全員が承知している様子でした。

しかし、皮肉なことに、聞く話聞く話、すべてが敵対する人物ではなく「依頼人自身の悪口」だったのです。

私も精一杯、話を軌道修正しようと試みたり、依頼人をフォローしたりするのですが、その努力も虚しく、聞き込みをした人たちは依頼人に対する罵詈雑言をまくしたてます。

悪口や、文句、愚痴、しまいには、こちらから聞いてもいないような「過去の悪行」をうれしそうにペラペラ話し始める始末です。

その上、どう見ても依頼人にとって致命的と言える「マイナス材料」まで飛び出し、それら総てが録音されてしまいました。

 

そして面談の日

数日かけてたっぷりと集まった、「依頼人に対する悪口」や「依頼人のマイナス材料」を持ち帰り、私は頭を抱えました。

報告の日、ニコニコして結果を催促するクライアントに、私は言葉を選びながら、お望みの成果は手に入らなかった旨を説明しました。

依頼人の柔和な顔が、憤怒の表情に豹変しました。

「なんの為に雇ったと思ってるんだ! 失敗なら金は一円も払わん!」

凄い剣幕でまくしたててきます。このキレっぷり。まさしく聞き込みの通りです。

「いえ、聞き込み自体は成功しました。録音もあります」

「だったらなんでそれをさっさと聞かせん!」

結局押し切られ、ボイスレコーダーの音声を聴かせることになりました。

レコーダーから流れる、自分に対する容赦ない悪口、文句、罵詈雑言。そしてトドメの致命的なマイナス材料。

黙って聞いていたクライアントの顔色が真っ青になりました。

こうして肉声で聞かされるのはさすがにショックだったのでしょう。

「……もういい」

依頼人は、途中で再生をストップすると、ゆっくりと立ち上がり、カバンから報酬の残金を取り出して私に渡してきました。

「優秀な探偵と聞いてたが、あんた聞き込みはまるでダメだな」

そう言い残し、依頼人は事務所から去って行きました。

 

成功した調査。失敗した依頼。

探偵として、調査は成功したと思っています。ありのままを聞きたい、その録音が欲しい。その要望にはちゃんと応えたからです。

しかし、依頼人の味方として、望むものを手に入れるという意味では私は失敗したのでしょう。

善悪の価値判断や正義の所在などは置いておいて、「クライアントを満足させるのが探偵業の基本」というのが、私の方針です。

同時に、ウソやねつ造もなく、事実を事実としてありのまま提供するのもまた、正しい探偵業のあり方だと思っています。

その2つが必ずしも両立しない事もある。そんな、探偵業の難しさを実感した件でした。

 

聞き込み調査、裁判証拠収集は もり探偵事務所