女スパイ

二人の探偵志望者

長く探偵を続けていると、「探偵になりたいです!」という志望者からの、突然のアプローチを受けることがあります。

(【探偵になった依頼人】)

その多くは、印象に残らない人たちですが、中には忘れられないユニークな志望者も居ます。

今回は、とくにインパクトがあった二人の話。

 

一人目の探偵志望者

一人目は、なんと中学生の女の子でした。

あるとき、私が事務所の郵便受けを開けると、可愛らしい封筒が入っていました。

差出人の名前に見覚えはありません。

残念ながら、ラブレターをもらう心当たりもありませんでし、爆発物でもなさそうです。

ドキドキしながら開封すると、福岡県のはじっこの、とある地方都市に住む女の子からでした。

「私はミステリー小説の大ファンで、将来は探偵になりたいのです。なにか、お手伝いできることはありませんか? それか探偵になるための方法を教えて下さい。ちなみにお金はありません」

そんな風に記してありました。

 

私は感心したものです。

自分もかつては探偵志望者で、なりたくて探偵になった身。

でもさすがに、中学生にして、現役探偵にお手紙を出すほどの行動力は、持ちあわせていませんでした。

この女の子は、そういう意味では、探偵に必要な行動力思いきりを兼ねそろえた、有望な人材だったと言えるでしょう。

「お金はありません」だなんてはっきり言い切って予防線を張るところなんて、正直シビレました。

 

けれど、返事は出しませんでした。

前途多望な中学生に、探偵業界という、いささかジメッとした場所へお越しいただくことに、抵抗があったからです。

ホームズや名探偵コナンに憧れるミステリーファンなら、なおのこと。

現実の探偵の姿に、きっとガッカリさせてしまう。そう思いました。

 

あれから10年以上経ち、今では立派に成人して、社会に出ていることでしょう。

その後、どんな女性に成長したかはまったく分かりません。

が、あの行動力と思いきりの良さで、自分の道を正しく拓き、何かしら素敵な夢を叶えていたら私も嬉しいなと思います。

そして、10年以上前に手紙を出した探偵が、今もまだ元気に探偵を続けていると知ったら……

少しは驚いてくれるかな。

 

女スパイ

 

二人目の探偵志望者

二人目は、元ヤミ金のチンピラです。

ある時期、規制が強化され、ヤミ金業者が一斉に廃業したことがありました。

この男性に限らず、金融業から調査業へ鞍替えした業者も、少なからず居たようです。

 

真夏の暑い日でした。

「あー、じぶん―、探偵にー、なりたいんスけどぉー。そっち(事務所)行きゃーいっスか」

突然電話をかけてきた男が、礼儀をママのお腹に忘れてきたような口調で言ってきました。

ふだんの私であれば、「あ? 来んじゃねーよ」と、丁重にお引き取り願います。

が、そのときはなぜか少しだけ興味が湧きました。

そこで、事務所に来させ、面接することにしました。

 

「つーか自分にも出来るっしょ」

「楽して稼ぎたいんスよね」

「自分けっこータンテー向いてると思うし」

 

パンチの効いた発言の数々に、中学生の女の子とは正反対の方向性で感心させられました。

履歴書すら持ってきてやしねえ。

 

私は、1000枚の自社チラシの束を、その志望者に渡しました。

それを配布し、もし依頼が来たら、現場へ同行させ見学させる。

そして、実地で探偵のスキルを学ぶ……そういう条件です。

ヤミ金業者ならポスティングにも慣れているだろうと思いました。

 

私などまだ可愛いものです。

とある大手の調査会社など、【試用期間】と称して、おおぜいの探偵志望者に「何万枚もの」チラシを無償で配らせていたという話です。

個人宅に一軒一軒飛び込み営業させ、依頼を取れたら採用という業者もあったと聞きます。

 

探偵志望者への課題

「1000枚スか……」

チンピラは明らかにドン引きしていました。

それでも「わかったッス。すぐぜんぶ配りますワ」と言って事務所を出ました。

 

私はさっそくその男性の尾行を開始しました。

ふだん、報酬の発生しない興味本位の尾行など、まずしません。

しかし、この志望者に関しては、採用テストみたいなものだと考えました。

どんな人物かわかるし、万が一にも尾行に気付く鋭さがあるなら、拾い物です。

 

探偵志望者の行動調査

事務所を出た男性は、近くのコンビニに違法駐車していた四駆に乗り込むと、吉野家へ行きました。

虚ろな顔で、牛丼大盛をペロリ。たいらげます。

それから、ブックオフで一時間ほど立ち読みしました。

その後、国道202号をしばらく走り、福岡都心部から離れると、今度は福重あたりのパチ屋に入って、二時間くらいスロットします。

 

気持ちよく負けたあと、車に乗り込むと、自宅へ帰りました。

福岡市の西の端っこでした。

どうやら実家暮らしらしく、庭の広い大きな平屋の戸建てでした。

周囲は田んぼと畑ばかり。見通しの良い古い木造家屋です。表札には家族の名前が載っていました。

 

行動調査結果報告

翌々日の午後、私はその志望者の自宅付近に行き、近くから電話をかけました。

 

「探偵のもりです。ポスティングはどうですか? もう始めてますか」

「…………。あー。はい。ちょうど今やってるとこっス」

「大変でしょう?」

「あー。けっこー大変スねー」

 

携帯で話しながら、私は志望者の自宅へ歩きました。

本人の四駆は止まっています。

家の裏手にまわってみると、庭越しに、半袖半ズボン姿というだらしない格好の志望者が見えました。

窓を全開にした、タタミ敷きの部屋に寝っ転がり、周囲にはマンガの山とポテチと発泡酒。

電話を片手に、棒アイスをくわえていました。

「ああ。どうも。探偵のもりです」

 

探偵は見ていた

志望者のチンピラは、庭に立っている私に気づきました。

まるでコントのように、口にくわえた棒アイスが、ポトリと畳に落ちました。

お互いしばらく無言で見つめ合っていました。

 

やがて、志望者は、ゆっくりと身体を起こすと、乾いた声でつぶやきました。

「……なんか……すんません」

 

まったく減っていないチラシをぜんぶ返してもらい、私は西区周辺にポスティングして、事務所に帰りました。

そのチンピラのその後はもちろん知りません。

きわめてどうでも良いんですが、まあ図太くちゃっかり頑張っているのでは、と思います。

探偵以外の道で。