離婚は不幸か? 幸せか?

浮気調査を依頼する目的は様々ですが、もっとも多いのは「離婚のため」でしょう。

夫として、妻として、正当な権利を守り、不当な不利益がないよう、配偶者の不法行為を証拠として押さえ、離婚交渉を有利にする。そういう依頼はやはり多いです。

しかし、世間では、「離婚は不幸」とか「片親だと子供が可哀そう」という認識が根強いようです。

「離婚する」と聞くと、依頼人の周囲の人間は、「早まらないほうがいい」とか「子供のことをよく考えて」とアドバイスします。

果たして離婚は不幸なのでしょうか?

 

『耐えることが美徳という間違った認識』

 

「日本人はここが悪い」とか「日本という社会のここがダメ」と、鬼の首を取ったように連呼するひとが、リアルでもネット上でも一定数居ます。

しかし、私は個人的に、そういうくくりで物事を考えるのは好きではありません。良い点と悪い点は表裏一体であり、物事はそんなに単純ではないからです。

しかし、それでも、「耐えることが美徳」という一般的な日本人の感覚は、こと人間関係においては、時代遅れと思います。

人間関係というものは、じっと我慢すればいつか改善というものではないからです。

一度こじれた人間関係が修復されたり、劇的に改善する為には、外部から新しい要素が入り込む必要があります。簡単に言えば、新しいメンバーです。

しかし、閉鎖的な場所……つまり、『家庭』や『夫婦関係』にはそういう変化はまず見込めません。

むしろ、冷え切った夫婦関係にじっと耐えていたら、配偶者のほうが変化を求めて新しい人間関係を作ってしまった、というのがこの問題の危険なところです。つまり、浮気相手の登場です。

そんな状態でさらに我慢したって、問題は何も解決しないでしょう。

 

『離婚は不幸というのは間違い』

理想を言えば、夫婦関係や家庭内不和が発生する前に、夫婦や家族がしっかりコミュニケーションをとり、相手を気遣い、互いの主張を認め合って、そういう状況にならないようにするのが一番です。

しかし、仕事や、子育て、介護、その他の生活に追われていると、なかなかそうはいきません。そうするうちに、気がついたら足元から水が浸水して身動きとれなくなるように、根深いトラブルが発生しているものなのです。

そうなってしまってから、慌てて話し合いしたり改善しようと努力しても、もはや手遅れという場合もあります。

手遅れになった腫瘍を手術で除去しないといけないように、一度限界までこじれた人間関係は、リセットする以外に方法がありません。

それを、「よくないことだから耐えろ」というのは、身体に巣くった病巣を放っておくことと、変わりはありません。

そういった病気を、自分が抱えていない第三者であれば、いくらでも無責任なことが言えるでしょう。

「我慢できるなら我慢したほうがいい」「思い切って決断したら不幸になる」などと。

 

幸せも不幸も自分次第

そもそも幸か不幸かは他人が決めることではありません。自分で感じることです。

何か大きな決断をするとき、その先に待つのが幸福か不幸かなんて、自分にも分からないのです。ましてや、まわりの第三者にとっては絶対に決められないことと言えます。

しかし、似たようなケースから、予想することは出来ます。

すでに離婚した人々の意見や感想です。もし、聞く価値があるとしたら、そういう人たちの貴重な体験談だけです。

 

「離婚して良かった」という声

私が聞いた感想だけでも、「離婚してよかった」という声は多数あります。

 

「ストレスや暴力から解放された」

「収入源はなくなったけど、酷い支出(浪費主)も同時になくなった」

「自分の本当にやりたいことができるようになった」

「仕事を頑張ろうという意欲が湧いた」

「両親が安心してくれた」

「もっと良い相手を選べる自由を得られた」

「子供に笑顔が戻った」

 

……これは、実際に聞いた話です。

 

子供の笑顔

離婚に反対するひとたちの常とう句であり、離婚に踏み切れないひとの頭に一番あるものが、

「子供が不幸になるかもしれない……」でしょう。

これに関しても、幸せか不幸かは、本人……つまり、お子さんにしかわかりません。

しかし、「両親が不仲」「顔を見合わせれば喧嘩する」「父親が母親に暴力を振るう」状態で、果たして子供が幸せと言えるのでしょうか。

これも私の経験上の話ではありますが、どんなに小さなお子さんであっても、「両親が不仲で辛い」「お父さんかお母さんのどちらかが辛そうな顔を見るのは悲しい」と、はっきり意識しているものです。

大人が思っている以上に、子供はしっかりとそれを見て心を痛めているのです。

離婚したあとで、「やっと家が穏やかになった」「いつも泣いていたお母さんに笑顔が戻った」と喜ぶお子さんが居るのも事実です。

心配して「離婚すると子供が可哀そうだよ」とアドバイスする周囲の人たちに悪気はないのでしょうが、個人的にはそこは、「不幸になる」「可哀そう」「考え直せ」と言うのではなく、

 

「離婚した後大変だからサポートするよ」

「子供たちが喜ぶ顔を見れて良かったね」

「キツいときは一緒に頑張ろうね」

 

……と言ってもらえたら、と考えています。本当に相手を心配して、親身になるというのであれば。

当人たちが幸せか不幸かは本人たちにしか決められませんが、周囲の人間であっても、誰かが幸せになる手伝いは出来るのです。

そしてそれは、私たちのような探偵にも言えることです。