職業的信用
他人を無造作に信用しすぎると、あまりロクな結果を招きません。
しかし、それでも無条件で相手を信用しないことには、快適に生きていけない存在もあります。ある特定の職業のひとびとです。
例えば、「運転手がミスするかもしれない。信用できない!」となれば、バスも電車も飛行機も乗ることはできません。
「コックに毒を盛られるかも。いや、そこまではなくても、不潔な環境で不衛生な調理をしているかも」と考えてしまっては、外食なんてできません。
「部屋に盗撮カメラが仕掛けてあるに違いない……ぜったいそうだ」と信用できなければ、ホテルも旅館も泊まることはできないでしょう。
私たちが、日常生活で様々なサービスを快適かつ円満に受けることができるのも、サービスを提供する側の『道徳観念』や『職業的責任感』を信じられているからです。
バスや電車の運転手は事故らない。パイロットはミスをしない。コックやウェイターは衛生的。ホテルや旅館はプライバシーを遵守する。
……それが社会の前提です。
職業倫理とそれでも発生する不祥事
だからこそ、そんな社会からの信用を裏切る、ある特定の職種の、決して許されない行為があります。
具体的には……
「警察官の犯罪」
「銀行員の横領」
「医師の性犯罪」
「通信会社の盗聴」
「不動産管理会社の不法侵入」
「SNS会社の個人情報漏えい」
「警備員の泥棒」
……これらはまさに、社会からの信用を激しく損なう「決してやってはいけない最悪の行為」と言えるでしょう。
言えるのですが、それでもやっちゃった人たちが居るようです。
セコム社員、医師宅から貴金属125万円相当盗む 警備員の立場利用し合鍵で侵入(神戸新聞NEXT)
スパイ行為でツイッター元従業員ら3人起訴、サウジ批判のユーザー探る 米(AFP)
合鍵使って下着盗んだ疑い 不動産仲介会社の元社員逮捕(朝日新聞デジタル)
どれも、職権を悪用した、非常にタチの悪い犯罪です。
特に、警備会社とSNS会社については、業界のリーディングカンパニーである大手企業の、絶対にあってはならなかった不祥事です。
ジャイアン効果とハロー効果
国民的アニメ「ドラえもん」の悪役・ジャイアンが、劇場版アニメでは友情に篤い頼れる存在になり、妙にいいヤツに見えてしまう経験は、ある程度以上の年齢の方ならば体感的にご存知だと思います。
私は勝手にこれを「劇場版ジャイアン効果」と呼んでいました。が、実は社会心理学において、れっきとした知覚現象として立証されていました。
「ジャイアン効果」などではなく、「認知バイアス」とか「ハロー効果」というのが正式な呼称です。
乱暴者で嫌われているジャイアンが、映画版ドラえもんのときは頼れる男としてよく見えるのは、心理学用語の「ハロー効果」と「ゲイン効果」「ロス効果」を組み合わせたものなのです。
ハロー効果とは簡単に言うと、目立った特性を持つ存在が、見た目による強い思い込みによって、他人から『キャラクターを断定』されてしまうことです。
(ジャイアンでいうと……「身体がでかく力が強い」→「のび太をいじめるイヤな奴」→「ドラえもんワールド一番の乱暴者キャラ」)
ハローというのは「Hello」ではなく「HALO」。光の輪という意味で、いわゆる天使や仏様の背中から刺す後光のことです。
ようは、このバックライトによって対象が過剰評価される現象を、ハロー効果と呼ぶわけです。
典型的なハロー効果
例えば「両親が音楽家です」と紹介されただけで「きっとこのひとも音楽が得意に違いない」と勝手な評価をしてしまうのは、典型的なハロー効果です。
アフリカ系の人種のひとは無条件で「スポーツ万能」に見えるのもそのひとつでしょう。
「見た目が美しく上品」だから「性格も知的で優しい」と勝手に決めつけるのも、よくあるハロー効果です。
ハロー効果は、パッと見の印象の強さゆえの過剰評価ですから、いったんネガティブ方向に働くと、ひどいマイナスインパクトになってしまいます。
先の例で言うと、両親が音楽家というひとが音痴だったら、ものすごく悪目立ちするでしょう。
黒人さんなのにバスケットが下手くそだと、なんだかとても残念な気がします。
同様に、性格の悪い人間なんてこの世にいくらでも居るのに、見た目が美しく上品なひとが意地悪で愚かだったら、必要以上にダメな人間のように見られるはずです。
ゲイン効果とロス効果
ハロー効果で勝手に過大評価されていたひとが、勝手にマイナスの過大批判を受けることを「ロス効果」と言います。
それとは真逆に、いやなヤツ・ダメなヤツだと勝手にマイナス評価をつけられていたひとが、ポジティブな再評価を受け、過大なまでにもてはやされることを「ゲイン効果」と言います。
不良がちょっといいことをしただけでものすごくプラスに評価される……よく聞く話ですが、これこそまさにゲイン効果の極みです。
世の中では日常的に犯罪が行われています。
生来の悪人も居れば、魔が差したひとも居るでしょう。追い詰められて人間が変わってしまったことで犯罪に走るひとも居ます。犯罪者の数だけ、理由やドラマがあるはずです。
しかし、中には最悪のマイナス・インパクトを与える犯罪もあります。
それが、先に述べた、特定の業種による「あってはならない」犯罪行為です。
なぜ、特定の職種の犯罪が、決して許されない裏切り行為なのか。
それは、その特定の職種が、ハロー効果を利用することで、「消費者からのビジネスにおける信用を享受している」からに他なりません。
メリットを受けているからこそ、それを裏切ったときのダメージもまた、デメリットとして受けるわけです。
ハロー効果を利用した業種がある
例えば、警備会社はハロー効果を最大限に利用している業種です。
あえて警察に似たコスチュームを着用することで、民間企業でありながら、公的機関のように見られ、顧客からの信用を得ています。
警備会社のスタッフは、警察や機動隊員に似た服を着ているだけで、公務員でもなんでもありません。特別なテストを受けたわけでも、公的資格を取得したわけでもないサラリーマンです。
そんなサラリーマンを、あたかも公的機関のように顧客は信用して、心身や財産の警護を委託するわけです。
他人を無造作に信用しすぎるとあまりロクな結果を招かない世の中、ビジネスにおいて、社会的な信用を勝ち取るのは生半可なことではありません。
しかし、中には、ハロー効果を最大限に利用することで、消費者からの信用を得ている業種があります。
そんな業種は、その信用を裏切るような真似は絶対にすべきではありません。
もし、それを破ってしまったとき、ロス効果によって大いに叩かれるのは仕方のないことだと覚悟するべきです。
さて、今回、やけに陽気な米国人のように「ハローハロー」とブログに記したのには、ちゃんと理由があります。
探偵もまた、ハロー効果の恩恵に預かっている業種のひとつだからです。
探偵の責務。それは「嘘をつかないこと」
小説や漫画や映画において、『探偵』というのは昔から、華麗に事件を解決するヒーローです。
私たちリアルの探偵とそんなフィクションの探偵の間には、大きな距離があるのですが、クライアントにとっては、「探偵=ふつうのひとに出来ないことをしてくれる特別な存在」という認識があるはずです。
だからこそ、まとまった金額の料金を払って依頼をしようという気持ちになっていただけるわけです。
ある特定の職種における、許されざる行為……我々で言うならば、「探偵の嘘」というところでしょうか。
真実を映す鏡である私たち探偵が、依頼人様をだまし、期待を裏切るような真似をしてはいけないと、強く思います。