
潜入調査は若い時期にしかできない?
調査員としては円熟期にさしかかった私が言うのもなんですが、駆け出しの若い時期にしかできない調査があります。
その代表格が「潜入調査」でしょう。
映画やドラマの探偵もの、スパイものでおなじみの、これぞ「探偵のミッション」といった調査。
フィクションとはずいぶん形は異なるものの、れっきとした現実の調査項目として実際に行います。
その目的は様々です。企業スパイめいたものもあれば、ハラスメントの証拠確保というのもあります(むしろ個人の探偵だとこれが一番多いかも)。
しかし、フィクションともっとも異なる点は、『潜入するための手段』でしょう。
フィクションはフィクション。現実の探偵はイリーガルな潜入をしません
映画などでは、ガードマンや清掃員、出入りの業者や取引先のエンジニアなどに扮したり、事前に調達した偽造IDをピッとやって華麗に潜入しますが、現実にはまずそういうことはありません。
偽造IDなんか現実的にはほとんど不可能ですし、仮にそれが出来たとしても、IDの使用履歴や監視カメラの映像、その他あらゆる痕跡が残ってしまいますから、あとあと大問題になります。
(不法侵入といった刑事罰より、大きな会社からの民事訴訟のほうが恐ろしいでしょう)
外部からサーバーにハッキングし、防犯装置や監視カメラなどのセキュリティを掌握……なんて論外です。
そんな技術があれば、探偵なんかするよりもっと別のことで稼げます。
現実の探偵は、正々堂々正面から潜入する
そんなわけで、意外に思われるかもしれませんが、個人の私立探偵が潜入調査でもっとも使う手段が、「履歴書を出してまっとうにバイトとして入る」です。
若くないとできないと言った意味はそれで分かるはず。
トシ食った人間が中途採用として入ってくるケースはあまりに目立ちすぎます。
ドラマなどにありがちな、「依頼人の社長や管理職が自ら便宜をはかっての中途採用」など、ただでさえ「何者?」と職場の人間全員から注目されますから、秘密裏に組織内部や人間関係をかぎまわるのは、非常に困難です。
しかし、若い新人バイトくんなら、人懐っこく振る舞えばだいたい可愛がられるし、警戒されることもありません。
かぎまわっているところを誰かに注目されても、何も知らない新人だからといくらでも誤魔化せます。
もちろんバイトの面接ですから100%確実ということはありません。しかし、ポイントさえ押さえれば、非正規雇用であればだいたい採用されます。
たいしたポイントではありません。「明るく元気で、自信過剰とまでいかない程度の、朗らかなキャラクター」「ワードエクセルなど一通りのソフトスキル」「その職種と相性のいい部活動経験」、そして何よりシフト制の仕事なら「暇で、稼ぎたいから、いつでも何時間でも入れます! 」という勤労意欲。
それに加えて、最後のコツとして「家族を大事にしているアピール」が重要です。
面接担当が中年男性などであれば、この要素は非常にポイントが高く、効果がありました。
むろん、これらの話は、私がまだ二十代の若者だった頃の話なので、現代でも同じとは限りません。(調査技術マニュアルではないので、念のため)
私は二十代の前半に、ここ福岡で探偵事務所を開業しました。若く、貫禄も経験もなかった私にとって、この「バイトとして潜入調査」というのは、駆け出し時代における強い武器になりました。
他の探偵事務所の年配の代表者や、ベテラン調査員、給料をもらって働いている雇われ探偵には不可能な仕事だったからです。
(もちろん、企業を相手にした、『いかにもな潜入調査』の話も別にあるんですが、おいそれとは話せる内容ではないので、いつかまた別の機会に)