いまさらですが、村上龍さんの小説「半島に出よ」を読了しました。
初版2005年3月と、もう18年も前の小説。
知ってる人は知ってるし、知らない人はぜんぜん知らないかもしれません。
ただ、
「福岡市が突然武装勢力に制圧された! テロリストたちは能古島より極秘潜入。試合中の福岡ドームを急襲し、三万人の観客を人質にとる。そして、シーホークを本拠に、日本政府に対し福岡の独立を宣言する!」
という、福岡に長年住んでいる人間からすれば「うおおっ。マジかよ……」とうめきたくなる衝撃展開と聞いていたので、以前から興味はありました。
前後巻、おそろしくぶ厚く、読むのも気合が必要です。
ごく個人的な感想ですが、作者の村上龍さんのことは、それほど好きな印象を持っていませんでした。
テレビに顔を出す作家と聞いていたからです。(まあ偏見です)
しかし、読み始めてすぐ思いました。天才だ、と。
とある弁護士も「面白い」と絶賛していたので、知的階級層の鑑賞にも耐えられるクオリティなのは間違いありません。
ただ、万人にオススメはできません。
なにしろ、最初のページをめくると、ズラズラ登場人物が列挙されているんですが、その紹介だけで6ページ。
探偵として複雑な人間関係の登場に慣れている私でも、「ぐわっ」と引くほどの大人数です。
しかも、
の名がビッシリ連なり、覚えるどころか、読む気も失せます。おそらく、多くの人がここで挫折するでしょう。
作中の登場勢力がまたややこしく、おおざっぱに分けても……
「福岡に上陸した武装勢力」「武装勢力の故国」「東京の政治家」「福岡の政治家」「ホームレス軍団」と5つもあります。
この5つのグループそれぞれの立場・視点から物語は進行していくんですが、主人公的な立ち位置の人間はとくに居ません。
いちおう、無理やり主人公を選ぶなら、「ホームレス軍団」が当てはまりそうではあります。
しかしこの連中も、それぞれが重犯罪を犯してきたソシオパス集団なので、感情移入するにも限度があります。
けっきょく、群像劇として、俯瞰して楽しむ物語と言えるでしょう。
さて、ここからが本題です。
あまりにディテールが細かく、膨大な資料、徹底した取材、圧倒的筆致と想像力により、もはや
と言えそうなこの小説。私は、この手のモノを読むと、必ず考えてしまいます。
「探偵である自分が、もしその場に居たら、どうなるか。何を選び、何を考え、どう立ちまわるだろうか」と。
退屈な授業中、とつじょ学校が武装勢力に襲われ、自分がヒーローとなって活躍する妄想を思い描く中学生か……と言いたくなるかもしれませんがもちろん違います。
探偵は、機動警察や自衛官のように、特殊な訓練を受けた身ではありません。
自分がモノホンの武装勢力相手にヒーローのように立ちまわれるなんて、これっぽっちも勘違いしていません。
しかし、われわれ探偵は、純然たる一般人ともまた違います。
調査の現場という、一般的・日常的とはとても言えない特異なシチュエーションで、場数を踏んでいるからです。
「半島に出よ」では、武装集団の福岡急襲という非常事態下、
平和ボケした福岡市民がパニックすら起こさず思考停止し、ただ状況に流されていく様が描かれ、それがまた不思議なリアル感を醸し出していました。
政治家はただ、責任逃れと立場保全だけを考え、
から目を背けます。市民は「現状を変えたくないバイアス」と「長いものには巻かれろ精神」から、現実逃避し続けます。
その描かれ方は、あまりに自然で、説得力があり、それは村上龍さんの文章の巧みさだけでなく、私たち自身が「たしかに日本人ってこういうところあるもんね……」と、心の何処かで自認自嘲しているせいでしょう。
ただ、ところどころで「自分はけっしてこうは考えない」「私ならこんなふうには行動しない」と思ってしまう箇所が、多々ありました。
それはひとえに自分が、
をしているからでしょう。福岡市をテロリストが制圧。やがて、日本政府は福岡の事実上の切り離しを考える……
そんな、荒唐無稽といえばまったくその通りのシチュエーションで、「探偵としての自分がどう動くか」を思考するのは、楽しい読書体験でした。
ほかに私が好きな小説として「ワールドウォーZ」や「1984」といった作品があります。
優れた小説は、楽しい読み物であると同時に、作者が生み出した壮大な思考実験の場でもあります。
そんな世界観に浸りつつ、「私ならどうするか」「自分ならどう動くか」を思考するのは、探偵にだけ許された、ささやかな楽しみのように思えます。
「半島に出よ」は、福岡に住んでいる人にとくにオススメです。
同業の探偵や調査業者が、コレを読んで私と同じように感じるかも、興味深いです。
興味ある方は、ぜひ。ぜひ。