ベテラン探偵とのディスカッション
業界の大ベテランである探偵と話す機会がありました。
九州でもトップレベルの調査力を誇る事務所で、とくに調査機材にめっぽう強いことで有名な探偵です。
私も調査力はあると自負していますが、どちらかというと自身の能力やテクニック重視。
機材力はそれほどでもありません。
自分にとってのウィークポイントに強みがある先輩と話すことは、刺激になると同時に勉強になります。
それに、二十年も探偵稼業を続けていると、どうしても自分の考えや、やり方に固執してしまいがち。
そういう意味では、リスペクトできるベテランと接して、自分と違う考えに触れることは、とても有意義であると思います。
とはいえ、何もかもすべてを認め、肯定するわけではありません。
私には私の、培ってきた理論や、経験に裏打ちされた信念があるからです。
素人が使わない機材を使ってこそプロ
そのベテラン探偵のモットーは、
「素人が使わない機材を使ってこそのプロ」
というものですが、それについては、全面的には賛同しかねます。
私の考えは、
「素人と同じ道具を使っても、別の結果が出せてこそプロ」
……だからです。
そのベテラン探偵の考え方に「スマホなんか使っていては、プロとは言えない」というものがあります。
じっさい、調査力のない探偵の中には、撮影技術の向上や写真のクオリティへの意欲が低く、「証拠写真なんてスマホで充分」とうそぶくところも少なくありません。
そういう事務所の報告書は、人物がとても小さく写っていたり、誰だか判別できないほど粗かったりもします。
そんな探偵・調査会社は論外ですが、私の考えでは、スマホもまた立派な撮影機材です。
超至近距離において、スマホほど【秘匿性】に優れたカメラはないからです。
スマホは【秘匿性】のある撮影手段
相手にバレないようにする一番の方法……それは距離を取ること。
離れれば離れるほど秘匿性は高まり、100メートルも離れれば、肉眼ではまずカメラは識別不能ですから、絶対にバレません。
バレないことを第一に考えるなら、対象者の100メートル以内に近づかないようにするのが、ある意味で理想と言えます。
けれども、それは現実的ではありません。
そんなに離れると、様々なシチュエーションに対応できなくなるからです。
調査の現場では、どうしても相手に接近して撮影しなくてはならないこともあります。
そんなとき、ピンホールカメラ(レンズが数ミリというスパイカメラ)や、偽装カメラ(メガネ型やペンタイプなど)を好んで使用する探偵も居ます。
しかし、そういう偽装系のカメラは、画質が悪く、しかもレンズを相手に向けて体を固定させる『不自然な体勢』で撮影しなくてはならないため、意外に怪しい動きになってしまいがちです。
若い女性など、勘のいい対象者には気づかれる恐れだってあります。
(そうして、騒がれて警備員や警察を呼ばれ、身体検査されたらオワリです)
その点、スマホを構えるのは、ごく自然な行為。
シャッター音をなくすアプリもありますから、もっとも自然かつ鮮明に超至近距離撮影ができるのはスマホ……というのが私の結論なのです。
むろん、報告書に載せられるほど鮮明な写真をスマホで取るのには、それなりのコツとテクニックが必要です。
ブレたり、シャッターチャンスを逃したり、緊張して撮影ボタンが押せていなかったり、焦ってアプリを起動し損ねたり、シャッター音を消すのを忘れて派手に「カシャッ」と音をさせたり……
ガチガチに力の入った身体で、不自然にスマホを構えて、バレバレの撮影になってしまうこともあります。
もうひとつのプロらしさ
素人とは一線を画す、プロユースの機材を使ってこその探偵……それは否定しません。
ですが、市販のビデオだろうが、スマホだろうが、一般人と同じ道具を使いこなし、素人には撮れない写真を撮る……
これもまたプロの姿であると私は考えます。
もう少し論理的に付け加えるなら、アマチュア機材を使うメリットは、「怪しまれないこと」です。
誰でも使うカメラやスマホだからこそ、「まさか探偵のわけがない」と相手が油断するわけです。
いかにもなスパイグッズである【ペン型カメラ】を胸ポケットに入れておいたとして、それはプロっぽくてカッコよくはありますが、そのプロっぽさが裏目に出て、逆にとても目立つこともあります。
メガネ型カメラなどは、市販されているメガネとは違い、
という野暮ったいデザインです。そんな怪しいメガネをかけた妙に殺気立った男が、体をピタリと固定させ、じっと自分を見ている……
これだと、相手に警戒心を持たせてしまいます。
その点、スマホでさりげなく写真を撮ることは、当たり前すぎて、相手もまったく警戒しないものです。
だから、私はスマホによる撮影がプロっぽくないとは思いません。
(もちろん、きちんとした写真が撮れること前提ですが)
隠しカメラに対する意識
そのほか、隠しカメラに関する意識の違いもあります。
そのベテラン探偵は、隠しカメラの扱いに非常に長けていて、調査でも存分に使いこなします。
反面、私は自分の現場では、隠しカメラをあまり重視しません。
直接張り込める場所ならそうしますし、パッと見、張り込みが不可能な場所であっても、念入りに現場を調べたら可能ということもあります。
隠しカメラの設置は、最後の手段です。
私が隠しカメラを好まない理由……それはひとえに「リスク」
自分が張り込めば、失敗や発覚のリスクはほとんどゼロです。
もし、予期せぬリスクが発生しても、(これが重要なんですが)すぐに対処可能です。
しかし、隠しカメラには、発覚や失敗のリスクがどうしても発生するもの。
無線式であれば、電波やサーバのトラブルは常に顕在します。
そして、いくら偽装して設置しても、誰かに見つかる危険性は絶対に無くせません。
ひとや車が映り込んで視界が遮られる。
熱によって機材が動作不良を起こす。
警備員や管理人に見つかってしまうなど……
これら予期せぬトラブルに対し、ダイレクトに対処できない欠点もあります。
調査に正解はない
隠しカメラの欠点を挙げ連ねましたが、私の手法にだってマイナス面はあります。
調査員の負担や消耗がまずひとつ。
それから、愚直にじっとしていれば、当然周囲に怪しまれることもあります。
警官に職質されたり、警備員や管理人に詰め寄られて、大事なシャッターチャンスを逃すことだってあるでしょう。
探偵は、並の人間よりもはるかに長時間張り込めますが、それでも生物的な集中力の限度はあります。
隠しカメラを駆使することで、これらが回避できるのは大きなメリットです。
けっきょく、大事なのはバランス。
何かだけに傾倒せず、良いと思われる手法や機材を断続的に採用し、調査技術をアップデートしていくこと……
これに尽きます。
(実際にはそれはなかなか困難で、自分が慣れ親しんだ手法は、そうそう変えられなかったりもするのですが……)
しかし、もし現状で、依頼人さまを満足させられるだけの結果を、充分出せているのだとしたら。
その調査手法は限りなく正解に近いということです。
探偵に「こうあるべき」という模範はありません。