初めての依頼は失敗の成功だった２

突然の初調査。シンプルな段取り。だが……

こうしてなんの準備もないまま突入した初調査。

調査としてはシンプルでした。

喫茶店に依頼人を残し、私は外で待機します。

対象者が現れたら、車種とナンバー、顔をチェック。そしてもちろん撮影。

依頼人は、探偵が外で待機してるなんておくびにも出さず、素知らぬ顔で面会を終わらせる。

出てきた対象者を追跡して、居住地を突き止める……。

イレギュラーだらけの初調査

シンプルなのは流れだけで、調査自体は決して簡単ではありません。

GPSを依頼人に装着してもらう時間的余裕もなく、

福岡の探偵である私にとっては土地勘もない大牟田。

しかも初の依頼にして、初の調査現場というプレッシャー。

おまけに、チームではなく単身での尾行です。

緊張を押し殺しながら待機していた私は、喫茶店に車が来るたび、過敏にチェックしました。

さいわい郊外の喫茶店ですから、それほど車が訪れるわけではありません。

だが……しかし……

いきなり現れたダンプカー

いきなり大きなダンプカーが現れ、何を血迷ったのか、ズズイッと喫茶店の敷地に停車しました。

「ちっ。邪魔だな……」

おかげで入口がすっかり隠れてしまいました。

南関インターの近くなので、ダンプはそれほど珍しくありません。

通りすがりの運ちゃんが停車して電話でもしてるのかな、とまず思いました。

それにしては、店の真ん前に傍若無人に止まっています。

「さすが大牟田だぜ……」と妙な感心をしていたら、ガラの悪そうな大男が、運転席からヒラリと降りてきました。

まさかね、と思う間もなく、作業服姿の男は店内に入りました。

依頼人に電話できない もどかしい時間

「…………………………」

嫌な予感はしました。

しましたが、今こちらから依頼人に電話するわけにもいきません。

１５分ほどしてその男が出てきました。

対象者の写真はありませんから、この時点の私には、対象者の顔がわかりません。

本人特定はできないはずなのに、私の直感が、アラームを鳴らしていました。

男がダンプに乗り込み、エンジンがズオンとかかり、巨体が喫茶店から離れようとしたその刹那。

私の身体が勝手に車をスタートしていました。

にわか探偵が手に負えなかった理由

ふつう面談時は、必ず対象者の職業や車両データを聞きます。

しかし、この件についてはどちらも不明でした。

(最初にこの件を安請け合いしたにわか探偵も、車のナンバーから陸運局のデータを引き出せばすぐ成功すると高をくくっていたようです。当時はまだそれが出来ました)

それが、まさかダンプカーで登場とは。

まったく、面談というのは余裕をもって、しっかり時間をかけるべきである。初面談にしていきなり学ばされた格好です。

「対象が出たらすぐに連絡を！」と頼んでおいたものの、依頼人もパニクっていたのでしょう。

男がダンプに乗り込み、道路に出てしばらくしてから、ようやく依頼人から連絡がありました。

「いまでました！　作業服の男です！」

その電話が来たときには、もう私はダンプを追跡していました。

高難度調査。一発勝負の追跡。

初めての依頼、初めての面談で、ただでさえ緊張していたというのに、そこからいきなり、準備もなしに一発勝負の尾行。

しかも大牟田です。

大牟田という場所は福岡とは少々勝手が違います。

かつての工業・産業都市の名残で、道路がやたら広く、しかも炭鉱が衰退してからは交通量も激減。

広々としたガランとした道路に、車の姿はまばらという、おおよそ探偵泣かせの土地なのです。

おまけに、この頃(2000年)に普及し始めた虎の子のＧＰＳ機器も使えなかったため、高難度の調査になりました。

それでも、なんとか四苦八苦しながら尾行しました。

全神経を研ぎ澄ませ、相手を追い続けます。

そして荒尾の炭鉱道路をランデブー

夕方の面会から日は沈み、あたりはどんどん暗くなります。

薄暗く静かな道路を悠然と走っていくダンプを、必死で追いかけるうち、いつのまにか地名は大牟田から荒尾へ変わっていました。

浮気調査で福岡県内のあちこちを訪れましたが、大牟田・荒尾のあたりは初めてでした。

大牟田と荒尾の境界線が限りなくあいまいであると、そのとき私は初めて知りました。

紫色の空の下、車はどこまでも進み、悪夢の中の風景のようです。

ダンプは、荒尾の海岸に沿った細い県道に折れました。

県道沿いに古い日本家屋が立ち並ぶ田舎道ですが、ダンプは元気に走っていきます。

大型車の運ちゃん特有の上手な運転でした。

まさかの対象者の行動。もしかして調査がバレた！？

やがてダンプはいきなり右折します。

全身が緊張が走りました。

車道から右折というのは、目的地が近いサインです。ですが、そっちには海と松林しか見えません。

「え？　こんなとこ走るの？」という細い道を進んだ先に、単線の古い線路がありました。

徒歩専用かというような狭い踏切を、信じられないくらい巧みにダンプは通り抜けます。

踏切を越えると、ダンプは松林の中を突き進んで行きます。海は見えませんが、すぐ右手にあるようです。

暗く、うっそうとした松林で、どう見ても普通の道ではありません。

ヘッドライトは消したまま、しっかり距離を置いて尾行しましたが、そんな場所だけに限界があります。

「……ヤバイ。バレた？　警戒されてる？　これ、もしかして誘い込まれてる？」

まず頭をよぎったのは、そんなイヤな予感でした。

初めての依頼は失敗の成功だった３　へ続きます